DCブランド系

DCブランド系のコーディネート例 ファッションテイスト・カルチャー
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DCブランド系とは、日本のデザイナーやアパレル企業が打ち出した独自の世界観を、ブランド単位で全身に取り入れ、シルエット、配色、素材、髪型まで含めて表現した1980年代のファッションスタイルのことです。

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ブランドの世界観を全身で着る1980年代のスタイル

DCブランド系とは?

DCブランド系は、特定の形や配色だけで成立する服装ではありません。デザイナーやブランドが提案する人物像を理解し、トップス、ボトムス、靴、小物を同じ世界観でそろえることが中心でした。

黒いオーバーサイズの服、構築的なジャケット、鮮やかなセットアップ、装飾的なブラウス、細身のパンツなど、見た目はブランドによって大きく異なります。そのため、「黒い服」「大きな服」「派手な服」のいずれか一つを、DCブランド系全体の特徴とすることはできません。

共通するのは、一般的な流行服を無難に組み合わせるのではなく、服を作ったデザイナーやブランドの感性を前面に出すことです。シルエット、色、柄、素材、ロゴ、店舗の内装、広告まで含めた一つの世界観へ共感し、そのイメージを全身で表しました。

当時は、同じブランドのジャケット、シャツ、パンツをそろえるほか、近い方向を持つ複数のブランドを組み合わせる着こなしも見られました。服そのものだけでなく、ブランドを選ぶ行為が、趣味、価値観、都市生活への憧れを示す自己表現になっていた点が重要です。

DCは一つのデザイン系統を表す言葉ではない

DCブランドの「DC」は、一般に「デザイナーズ&キャラクターズ」の略と説明されます。ただし、当時から厳密な分類基準が統一されていたわけではなく、個性的な国内ブランドをまとめる流通・広告上の呼び名として使われた側面があります。

デザイナーズブランドは、デザイナー本人の思想や造形を強く打ち出すブランドを指します。服の構造、素材、身体の見せ方などに独自性があり、既存のファッションへ新しい価値観を提示することが中心です。

キャラクターズブランドは、企業や企画チームが明確なブランドイメージや対象人物を設定し、そのキャラクターに沿って商品を展開するものです。デザイナー個人の芸術性だけでなく、店舗、広告、接客、商品構成を通じて統一された生活像を提案しました。

両者は性格が異なりますが、1980年代には「個性のあるブランドを選び、その世界観を着る」という共通点から、DCブランドとしてまとめられました。デザイナーの独創性を示す前衛服から、若者が日常で着られる華やかな服まで含まれていたため、DCブランド系に一つの制服はありません。

現在の「デザイナーズブランド」は、国内外を問わずデザイナー主導のブランドを表す一般的な言葉です。一方、「DCブランド」は、主に1970年代末から1980年代の日本で起きたブームを説明する歴史的な用語になっています。

個性を買う時代へ変わった背景

1970年代に台頭した日本人デザイナー

1970年代には、三宅一生、高田賢三、山本寛斎などの日本人デザイナーが海外で評価され、日本独自のファッション表現が注目されるようになりました。

国内でも、既製服を大量に販売する従来のアパレルとは異なり、デザイナーの名前、思想、感性を前面に出したブランドが増えます。服を防寒や礼装のために選ぶだけでなく、「誰が作った服か」「どのような価値観を示す服か」が購入理由になっていきました。

同じ頃、原宿や青山には小規模なメーカー、ブティック、若手デザイナーの店舗が集まりました。雑誌やファッションビルも、新しいデザイナーと若者を結びつける役割を担います。1970年代に進んだ日本人デザイナーの躍進が、1980年代のDCブランドブームの土台になりました。

ファッションビルと雑誌が作ったブランド文化

DCブランドが広がるうえで、百貨店だけでなく、パルコ、丸井、ラフォーレ原宿などのファッションビルが大きな役割を果たしました。

ブランドごとに区切られたショップでは、服だけでなく、什器、照明、音楽、ポスター、販売員の装いまで統一されました。売り場そのものがブランドの世界観を体験する場所となり、若者は商品一着ではなく、そこで提案される人物像や生活感を選びました。

『an・an』『POPEYE』『流行通信』などの雑誌も、デザイナー、店舗、街、音楽、インテリアを関連づけて紹介しました。店舗で接客を行う「ハウスマヌカン」と呼ばれた販売員は、ブランドの服を着こなし、顧客へ組み合わせ方まで提案する存在として注目されました。

1983年頃から始まった社会的なブーム

「DCブランド」という呼び名が広く使われるようになったのは、1980年代前半です。すでに支持されていたデザイナーズブランドへ、明確な人物像を提案するキャラクターズブランドが加わり、一つの大きな市場として認識されるようになりました。

若者は、ブランド名の入った服を一着だけ購入するのではなく、上下、小物、靴をそろえ、ショップスタッフの着こなしを参照しました。ブランドのコレクションや広告を理解していることも、ファッションへの感度を示す要素になります。

このブームは東京だけに限られませんでした。ファッションビル、百貨店、専門店の出店を通じて地方都市にも広がり、国内ブランドを着ることが若者文化の大きな一部となりました。

1985年前後に迎えた最盛期

DCブランドブームの中心時期は、1983年頃から1987年頃です。1985年には国内の多数のブランドが参加する東京コレクションが開催され、日本発のファッションが国内外で存在感を高めました。

当時の日本では経済成長と消費拡大が続き、「感性の時代」という言葉が使われました。実用品としての服より、個性、ブランドイメージ、デザイナーの思想に価値を見いだす消費が広がります。

黒い前衛服を着るカラス族、鮮やかな色や大胆な柄を使う服、身体を構築的に見せるジャケットなど、互いに異なるスタイルが同時に流行しました。DCブランドは一つの見た目を広めたのではなく、ブランドごとの違いを選ぶ文化を社会現象にした点で特徴的です。国立新美術館も1980年代を「DCブランドの最盛期」と位置づけています。

1980年代末から1990年代にかけての後退

1980年代末になると、DCブランドの増加によってブランド間の違いが見えにくくなり、ブームとしての新鮮さは弱まりました。高価格な服をブランド単位で購入する方法に対し、より気軽なカジュアル、古着、スポーツウェアなどを選ぶ若者も増えます。

1990年代にはバブル経済の崩壊に加え、渋谷や原宿の街から新しい流行が生まれました。裏原系、ギャル、古着MIXなど、デザイナーや企業が完成した人物像を提示するのではなく、着用者が街で自由に組み合わせるスタイルが中心になります。

個々のブランドがすべて消えたわけではありません。世界的な評価を保ったブランドや、新しい商品構成へ移行した企業もあります。しかし、異なるブランドを一括して「DCブランド」と呼び、社会全体が熱狂する状況は終息しました。

前衛だけではないDCブランドの着こなしの幅

DCブランド系は、黒いビッグシルエットだけで説明されることがありますが、実際には複数の方向が存在しました。

黒と量感を使う前衛的な方向

黒、チャコール、濃紺などを中心に、オーバーサイズ、左右非対称、ドレープ、粗い素材を使います。身体の線を直接見せず、服の構造や布の動きを主役にする方向です。

構築的なジャケットを主役にする方向

肩幅、襟、ウエスト、ダブルブレストなどを強調したジャケットへ、細身または太いパンツを合わせます。ブランド独自のテーラリングによって、一般的なビジネススーツとは異なる人物像を作ります。

色柄と装飾を強く見せる方向

原色、幾何学柄、異素材の切り替え、金属装飾などを使い、華やかな存在感を表します。黒を基調とするブランドとは対照的ですが、デザイナーの個性を全身で示す点では同じDCブランド文化に含まれます。

都会的な日常着へ落とし込む方向

シンプルなシャツ、ニット、パンツを土台に、独特な襟、ボタン、ロゴ、配色などでブランドらしさを加えます。前衛的な服をそのまま着るのではなく、通学や街歩きにも使える商品として広がった方向です。

近いテイストとの違いとつながり

カラス族

カラス族のコーディネート例

カラス族は、1980年代前半に、全身を黒いデザイナーズ服で覆った若者を指す名称です。黒、オーバーサイズ、アシンメトリー、粗い素材などを用い、身体の形や従来の美しさを問い直す服装が中心でした。

カラス族はDCブランドブームと重なりますが、DCブランド系全体を表すものではありません。DCブランドには、鮮やかな色、細身の服、装飾的なジャケット、ポップな日常着を提案するブランドも含まれます。黒い前衛服という特定の外観を示すのがカラス族、個性的な国内ブランドを選ぶ1980年代の広い消費文化を示すのがDCブランド系です。

ニューウェーブ

ニューウェーブのコーディネート例

ニューウェーブは、1980年代の音楽、アート、クラブ文化を背景に、細身のパンツ、鋭い肩、幾何学柄、人工的な素材、実験的なヘアメイクなどを使うスタイルです。既存の服装規範へ反発し、強い個性を示す点でDCブランド系と重なります。

ただし、ニューウェーブは音楽やサブカルチャーとのつながりが中心で、必ずしも国内の特定ブランドを全身で着る必要はありません。DCブランド系では、ショップや雑誌を通じて提案されたブランドの世界観を着ることが重要でした。音楽文化から組み立てるか、ブランド文化から組み立てるかが違いです。

モードファッション

モードファッションのコーディネート

モードファッションは、時代の先端を示すデザイナーの提案や、新しいシルエット、素材、価値観を反映した服装を広く指します。DCブランド系に含まれた前衛的なデザイナーズブランドは、日本のモードファッションを世界へ広める役割を担いました。

一方、DCブランド系は1980年代の日本における流通、店舗、雑誌、若者消費まで含む歴史的な現象です。モードファッションは現在も使われ、海外ブランドや新世代のデザイナーも含みます。服の前衛性を表すのがモード、1980年代の国内ブランドブームを表すのがDCブランド系です。

アバンギャルド

アバンギャルドのコーディネート例

アバンギャルドは、服の構造、身体の見せ方、素材の用途などを問い直す前衛的なファッションです。非対称、変形、未完成に見える仕立てなどは、一部のDCブランドが強く打ち出した表現と共通します。

しかし、すべてのDCブランドがアバンギャルドだったわけではありません。販売しやすいニット、シャツ、スーツ、カジュアル服を展開するキャラクターズブランドも多く存在しました。アバンギャルドは服の表現方法を示す言葉であり、DCブランド系は前衛から商業的な日常着まで含むブランド文化です。

デカダンス

デカダンスのコーディネート例

デカダンスは、黒や深い色、ベルベット、レース、金属装飾などを使い、退廃的で耽美な人物像を表すスタイルです。1980年代には、暗い色、長い丈、演劇的な服装がDCブランド系と重なる場合がありました。

デカダンスでは、官能性、過剰な装飾、衰退する美などが主題になります。DCブランド系は必ずしも暗く退廃的ではなく、健康的なスポーツ服、ポップな色、端正なスーツなども含みます。特定の美意識を表すのがデカダンス、ブランドごとに異なる美意識を選ぶ文化がDCブランド系です。

ボディコン

ボディコンのコーディネート例

ボディコンは、身体へ密着するワンピース、肩を強調するジャケット、光沢素材、ハイヒールなどを使い、1980年代後半から1990年代初頭に華やかな都市生活を表したスタイルです。

身体を強調する服は、黒いオーバーサイズを中心とするカラス族とは対照的です。しかし、1980年代のDCブランドには、身体を構築的に見せる細身の服や華やかなスーツも存在したため、一部では接点があります。ボディコンは身体の曲線を主題にする特定のスタイルであり、DCブランド系はそれを含めうる、より広いブランド消費の現象です。

原宿系ファッション

原宿系ファッションのコーディネート例

原宿系ファッションは、原宿の店舗、若者、ストリートスナップなどから生まれた、自由なミックスを特徴とするスタイルです。原宿はDCブランドが広がった重要な場所でもあり、個性的な服を選ぶ文化にはつながりがあります。

DCブランド系では、ブランドが提案した組み合わせや人物像を全身へ反映する方法が中心でした。後の原宿系では、古着、手作り品、国内外のブランドを着用者自身が混ぜ、既存のブランドイメージから外れることも評価されます。ブランドの完成された世界観を着るか、街で世界観を作り替えるかが異なります。

DCブランド系を形づくった店舗・雑誌・ブランド

Comme des Garçons

川久保玲が手がけるブランドとして、黒、非対称、身体から離れる形、未完成に見える表面などを提示しました。1980年代前半の「黒の衝撃」とカラス族を理解するうえで重要ですが、DCブランド全体を代表する一つの方向であり、すべてのブランドが同じ黒い服を作っていたわけではありません。

Yohji Yamamoto・Y’s

山本耀司による服は、黒を中心とした大きな量感、身体と布の間に生まれる余白、男性服と女性服の境界を越える構造で注目されました。Y’sは日常着としての着やすさも備え、前衛的な考え方を現実のワードローブへつなげました。

ISSEY MIYAKE

三宅一生は、布、身体、技術の関係を探り、日本の伝統的な発想と新しい素材技術を結びつけました。DCブランドブーム以前から国際的に評価されており、国内ブランドが芸術やデザインの領域でも語られる土台を築きました。

BIGI

1970年代から日本の若者向けファッションを牽引し、複数のブランドやデザイナーを生み出した存在です。前衛一辺倒ではなく、都市生活へ取り入れやすい服を提案し、DCブランド市場の広がりを支えました。

NICOLE

独自の店舗イメージや商品展開によって、男性を含む若者へブランドファッションを広めました。デザイナーの感性と商業的な店舗展開を結びつけた、DCブランドブームを代表する存在の一つです。

COMME ÇA DU MODE

モノトーンを基調とした都会的な服を幅広く展開し、DCブランド的な統一感を一般の消費者へ届けました。前衛的な一点物ではなく、家族や生活のさまざまな場面へブランドイメージを広げた点に特徴があります。

パルコ

新しいブランド、広告、アート、音楽を結びつけ、ファッションを商品以上の文化として見せました。個性的なショップを集め、若者がブランドの世界観を体験する場としてDCブランドブームを支えました。

丸井

多数の若者向けブランドを扱い、分割払いを含む販売方法によって、比較的高価なブランド服を若者が購入しやすい環境を作りました。東京で生まれたブランド文化を各地へ広げる流通拠点として機能しました。

『an・an』『POPEYE』『流行通信』

服単体ではなく、街、店舗、デザイナー、音楽、生活感を含めてブランドを紹介しました。読者は誌面を通してブランドの背景を学び、ショップへ足を運び、全身の着こなしを組み立てました。

ブランドの個性を伝えた服・配色・着方

世界観を明確にする全身の統一

ジャケットだけを異なるテイストへ混ぜるより、トップス、ボトムス、靴、小物を同じブランドか近い方向でまとめます。服の形だけでなく、色、素材、柄のつながりによって、どのブランドの人物像を参照しているかが伝わる構成です。

黒い前衛ブランドであれば、異なる黒の素材を重ねます。ポップなブランドであれば、ジャケットの色を靴や小物へ繰り返します。統一とは、すべてを同じ色にすることではなく、一つのデザイン思想を全身で共有することです。

ジャケットが示す肩・襟・丈の個性

1980年代のDCブランド系では、ジャケットが全身の印象を決める重要な服でした。肩を大きく張り出す形、身幅を広く取る形、ウエストを絞る形、丈を長くする形など、ブランドごとに異なる構造が使われます。

一般的なスーツのように身体を標準的な形へ整えるのではなく、肩幅、襟の大きさ、ボタン位置を変えることで、ブランド独自の人物像を作ります。ボトムスもジャケットの量感に合わせ、細身、ワイド、テーパードなどを選び分けます。

黒・原色・無彩色に分かれた配色

黒を中心としたブランドでは、チャコール、濃紺、異なる素材の黒を重ね、陰影によって変化を作ります。一方、赤、青、黄色、緑などを大胆に使い、幾何学柄や配色切り替えを見せるブランドもありました。

DCブランド系に共通の指定色はありません。色の選び方がブランドの思想と一致していることが重要です。複数の強い色を使う場合も、ジャケットの柄から一色をパンツや靴へ繰り返し、全身を一つの提案としてまとめます。

天然素材から人工素材までを使う表面の違い

ウール、コットン、麻などの自然な素材を粗く仕上げる方向と、ナイロン、合成皮革、光沢素材などで人工的に見せる方向がありました。

素材の選択は高級感を示すだけでなく、ブランドの人物像を表しました。粗い黒いウールなら禁欲的な前衛性、光沢のある生地なら夜の都会、柔らかなニットなら親しみやすい日常性といった違いが生まれます。

ブランドを示す小物と髪型

靴、バッグ、帽子、ベルト、アクセサリーも、服と同じ世界観で選ばれました。大きなロゴを見せる場合もあれば、形だけでブランドが分かる簡潔な小物を使う場合もあります。

髪型やメイクも重要でした。黒い前衛服には短い髪や抑えたメイク、華やかな服には強いアイメイクや構築的な髪型を合わせるなど、服以外の部分まで人物像を統一しました。

当時の幅を理解する代表的な着こなし

黒いビッグジャケットとワイドパンツ

肩線を落とした黒いロングジャケットに、黒のハイネックトップスとワイドパンツを合わせます。ジャケットは腰から腿まで届く丈とし、左右で裾の長さが異なる形や、前身頃にドレープが出るものを選びます。

足元は黒い短靴、バッグも装飾の少ない黒い革または布製とします。異なる黒の素材を重ね、身体の線より服の量感を見せることで、カラス族とも重なる前衛的なDCブランド系になります。

構築的なジャケットと細身パンツ

鮮やかな赤や青、またはモノトーンのダブルジャケットに、細身の黒いパンツを合わせます。ジャケットは肩を大きくし、腰位置までの丈で上半身へ量感を集めます。

インナーは無地のシャツかタートルネック、足元はポインテッドトゥの靴とします。ジャケットの構造と色を主役にし、パンツと小物を簡潔にすることで、1980年代らしい強いデザイナーズスタイルを表せます。

柄ニットとテーパードパンツ

幾何学柄や大胆な配色のニットに、腰へタックを入れたテーパードパンツを合わせます。ニットは肩と袖にゆとりを持たせ、パンツは足首へ向かって細くなる形とします。

ニットの中にある色を靴、ベルト、イヤリングなどへ繰り返します。前衛的な黒一色とは異なり、キャラクターズブランドが提案した都会的で親しみやすいDCブランド系を表す組み合わせです。

ロングシャツと変形スカート

襟や袖に独特な形を持つロングシャツに、巻き布や左右非対称な裾を持つスカートを合わせます。シャツとスカートは黒、白、グレーなどにまとめ、素材の厚みを変えます。

足元はフラットシューズか短いブーツとし、装飾品を控えます。シャツとスカートの境界を曖昧にすることで、一般的なブラウスとスカートではない、デザイナーの構造的な発想を見せます。

特定のブランド服を着るだけでは成立しない

DCブランド系は、1980年代に存在したブランドの古着を一着着れば成立するものではありません。一般的なデニムや現代のスニーカーへ無造作に組み合わせると、ヴィンテージMIXや古着コーデとして見える場合があります。

当時のDCブランド系では、ブランドが提案したシルエット、色、髪型、小物まで含めて人物像を作りました。黒いジャケットを使うなら、パンツの量感や靴も黒い前衛服へ合わせます。鮮やかな柄ニットを使うなら、ボトムスと小物へ柄の色をつなげます。

また、DCブランド系を黒いオーバーサイズだけに限定すると、カラス族との違いがなくなります。構築的なスーツ、華やかな色柄、ポップなニットなど、ブランドによって異なる着こなしがあったことを踏まえる必要があります。

反対に、1980年代風の肩パッドや原色を使うだけでは、バブルファッションやボディコンとの区別が曖昧になります。DCブランド系では、目立つことだけでなく、特定のデザイン思想やブランドイメージが全身へ通っていることが重要です。

名称は歴史的でもブランドの影響は残っている

DCブランド系という名称は、現在の日常的なファッション分類としては、ほとんど使われなくなっています。現在、新しい国内ブランドをまとめてDCブランドと呼ぶことも一般的ではありません。

この言葉は、1980年代の日本で、デザイナーやアパレル企業の個性を前面に出したブランドが社会的なブームになった時代を説明する歴史用語として残っています。

一方、当時DCブランドとして扱われたすべてのブランドが消滅したわけではありません。Comme des Garçons、ISSEY MIYAKE、Yohji Yamamotoなどは、DCブランドという国内流行の枠を越え、それぞれ独立した国際的ブランドとして現在も活動しています。

服装の要素も残っています。オーバーサイズ、アシンメトリー、黒いレイヤード、構築的なジャケット、ブランド単位で世界観を見せる方法は、現在のモードやデザイナーズファッションへ引き継がれています。

ただし、現在これらの服を着る人をDCブランド系と呼ぶのは自然ではありません。1980年代のブランド、店舗、広告、雑誌、消費文化まで意識して当時の装いを再現する場合に、この名称が適します。

DCブランド系は、個々のデザインを保存するだけの過去テイストではありません。日本の若者がブランドの思想を理解し、全身でその世界観を着るようになった時代を示す、ファッション史上の名称です。

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